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東京高等裁判所 昭和43年(う)1767号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

《前略》

論旨第一の第一点について。

所論は、被告人美那川栄次の営む不動産業の義務範囲内の行為として入居者に対する交渉及び入居者の代理人たる大蔵弁護士との交渉斡旋をなし、川島政一から現金三万円を受領したにすぎないのに、原審が原判示第一のごとく被告人において美那川栄次、川島政一と共謀のうえ、弁護士法違反の行為をなしたと認定したのは、経験則違反にもとづく重大な事実の誤認であると主張するが、原判決挙示の関係証拠によれば、五光建設株式会社代表者の角田晃から当初原判示の家屋明渡し方の交渉の依頼をうけたのは美那川栄次であつたが、同人は他人の協力をえて右交渉の仕事をするために川島政一に相談し、また同人は家屋明渡が成功すれば被告人に二〇万円の報酬を与えるといつて同人を仕事の仲間に引き入れたこと、かくて美那川、川島、被告人らは互に家屋明渡の交渉方法などにつき相談し、また三名が揃つて五光建設株式会社に赴き、依頼者の角田に面接などしたが、被告人は特に多額の報酬を入手できるというので、熱心に明渡の相手方たる増田仁三及び代理人の大蔵弁護士と数回折衝をなし、他方増田仁三より一部賃借していた小池秀夫カメラ店に対する明渡は主として美那川栄次、川島政一が折衝の任に当つたことを認定しうべく、これらの事実に徴すれば、被告人は美那川、川島らと弁護士法違反の共謀をなし、これにもとづき同法違反の犯行をなしたものと解した、原審の認定判断は正当といわなければならない。

もつとも関係証拠によれば、右明渡折衝の報酬金については、すべて角田晃から美那川に支払われ、同人と川島においてその大半を折半し、被告人に対しては、川島から現金三万円が手渡されたにすぎず、被告人として当初の予想金額を遙かに下廻つたので不満であつたことが窺われるけれども、このことをもつて前示の被告人の共犯者としての責任を左右することはできないのである。

なお記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴するも、原判示第一の事実認定には影響を及ぼすことの明かな誤認を疑わしめるに足りる形跡はないのであるから、論旨はすべて理由がない。

論旨第一の第二点について。

所論は、原判決には弁護士法第七二条、第七七条の解釈を誤つた違法があると主張するので検討するのに、所論のごとく原記録中の各証拠によれば、本件明渡の対象となつた増田仁三及び小池秀夫カメラ店(小池は増田からその一部を賃借していた)居住の家屋(以下、本件建物という)については、債権者大須賀輝男、債務者兼所有者増田仁三間の静岡地方裁判所昭和三四年(ケ)第一〇五号事件として同年六月一〇日不動産競売手続開始決定があり、昭和三五年三月二三日青木栄三郎に対し競落許可決定がなされ、競落代価の全額を支払つて青木が所有者となつたこと、その後昭和四〇年七、八月頃青木から前示五光建設株式会社代表者角田晃に本件建物の所有権が移つたこと、また本件建物に関し静岡地方裁判所において申請人青木栄三郎、被申請人増田仁三間に昭和四〇年六月六日競落不動産引渡命令が発せられたことが明かである。

そして所論は、本件建物につき引渡命令が発せられ、増田仁三らが引渡すべき義務は確定されている以上、これに従つて法律的強制手段を採らずに、単なる交渉手段でもつて、被告人らは円満に解決しようとしたのであるから弁護士法に牴触しないと主張するけれども、前示のように引渡命令の申立人は、競落代金の全額を支払つた競落人たる青木栄三郎であり、相手方は本件建物の所有者たる増田仁三であるのであつて、青木から本件建物を譲受けた角田晃は引渡命令の申立人でないのみならず、増田から本件建物の一部を適法に賃借していた小池秀夫カメラ店は、当然のことながら引渡命令の相手方となつていないのである。

従つて角田晃と増田仁三間、角田晃と小池秀夫間において、いずれも引渡命令が発せられていないのであるから、所論のごとく同命令が発せられていることを前提として、これらの当事者間、特に適法な賃借人小池秀夫との間で引渡ないし明渡義務が確定しているものと解する主張は前提において誤つているものというべく、採用しえない。

のみならず弁護士法第七二条本文は「弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件……その他一般の法律事件に関して……仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱」うことを禁止する旨定めているが、禁止されている事項は法律事件全般に亘つていて、訴訟事件は勿論、非訟事件のうち紛議に至らない案件についてもこれを包含することにしており、また非訟事件は非訟事件手続法に規定されている民事非訟事件商事非訟事件はもとより、その他裁判所の権限に属する競売事件など一切の非訟事件を含むものと解されるのである。

かくて前示のように角田と賃借人小池との間に右賃借権をもつて角田の所有権に対抗しうるなど法律上の権利義務に関し争があり、また角田と増田仁三間には、仮に紛争のない不動産競売手続が進行されうる状態にあつたとしても、いずれにするも、被告人らは本件建物の新所有者となつた角田のために前示のごとく明渡という効果を実現させるために折衝解決の任に当つたのであるから(交渉は小池との間では妥結したが、増田仁三との間では妥結しなかつた)「報酬を得る目的で和解その他の法律事務を取り扱つた」ものに該当すると解すべく、被告人に対して弁護士法違反をもつて問擬した原判決は正当であり、これを非難する論旨は、もとより採用しえない。《後略》

(石渡吉夫 東徹 藤野英一)

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